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名品こだわり解説②《伊勢物語八橋・龍田川屏風》

お知らせ | 2019.11.20

名品こだわり解説②《伊勢物語八橋・龍田川屏風》


≪伊勢物語八橋・龍田川屏風≫ 右隻 第9段「東下り」
江戸時代(17世紀) 紙本着色 6曲1双 和泉市久保惣記念美術館蔵

多くの方々が知っている(と願う)和歌2首に因んだ屏風がこちら。『伊勢物語』の第9段「東下り」と第106段「龍田川」を題材にした場面が各隻に描かれています。

右隻に描かれた場面は、二条后藤原高子(たかいこ)との恋愛が原因で、都を離れ東国へ下る在原業平一行が、三河国八橋(愛知県知立市あたり)という所で美しく咲く燕子花(かきつばた)を見ます。そして、ある人が、“かきつばた”という五文字を句の先頭において、旅の心を歌に詠めと言って、詠まれた歌がこちらです。

「唐衣 着つつなれにし つましあれば はるばる来ぬる 旅をしぞ思ふ」

【歌意】

唐衣を着ているうちに体になじんでくる褄(大まかにいうと着物の前面の腰から下の部分)のように、長い間、馴染んだ妻が都にいるので、はるばるとやって来た旅のわびしさをしみじみと思うことだよ。

『伊勢物語』はフィクションなので、在原業平自体が東下りしたことはないのですが、この歌が業平の作であることは『古今和歌集』を見ると分かります。絵自体は燕子花の生え方が控えめなのが少々気になりますが、八橋という8つに折れ曲がった橋を描くことも大事なのです。板切れを繋いだだけの橋をいかに巧みに表現するかという構図上の工夫が、絵師の腕の見せどころでもあるのです。曲折する橋の周辺に、青い水面を広めにとっているのも、橋を強調するための工夫の一つと言えるでしょう。橋と水面が中央に広く描かれ、人物が端に寄せられているのも八橋が大事なモチーフであることを示しています。


≪伊勢物語八橋・龍田川屏風≫ 左隻 第106段「龍田川」
江戸時代(17世紀) 紙本着色 6曲1双 和泉市久保惣記念美術館蔵

 左隻に描かれたもう一場面は、紅葉の名所、大和国(奈良県)の龍田川で川に流れる紅葉の鮮やかさを歌に詠んだ場面です。百人一首でもおなじみの、

「ちはやぶる神代もきかず竜田川 からくれなゐに水くくるとは」

【歌意】

不思議なことが多かった神代の昔にも聞いたことがない。竜田川が(水面に紅葉が浮いて)あざやかな紅色に水を絞り染めにしているとは。
※「竜田川」は「龍田川」と表記することもある。

この歌も在原業平が詠んだ歌です。『古今和歌集』では、「屏風に描かれた、龍田川に紅葉が流れている様子を題材に詠んだ歌」と但し書きがあり、『伊勢物語』では、「龍田川に出かけ行き、実際に景色を見て詠んだ歌」とも書かれています。川面を布地に、紅葉を深紅の染料にたとえ、川の水を紅葉で染めるとは優雅な発想です。燕子花と紅葉は季節の風物としてよく採用される画題ですが、『伊勢物語』の中からこの2つのテーマを取りあわせた点が秀逸と言えるでしょう。