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館長室の窓から <8>
館長より | 2017.05.09
しばらくご無沙汰しましたが再開します。
昨年の夏から冬にかけて開催した展覧会を順に追って回顧することにします。
夏季には『サロンクバヤ:シンガポール 麗しのスタイル』と題したシンガポールの女性の衣装展を行いました。おそらくわが国ではほとんど開かれたことのない類いの展覧会で大いに着目を浴びることとなりました。これは2016年が日本とシンガポールの外交関係樹立50周年にあたっていることを記念して実施されたものです。シンガポール側の熱の入れようは大変なもので、展示のみならず、さまざまなイベントについても非常に協力的で感謝している次第です。この展覧会は、華麗な衣装を鑑賞して頂いただけではなく、とくに中国とインドの影響を色濃く反映したシンガポール独特の文化の一端を紹介することに一翼を担った展覧会であったと思います。
次に秋の展覧会です。秋はいつも展覧会たけなわの季節で、各館それぞれに特徴のある展覧会を開催します。しかも、それらはいずれも見応えのあるものばかりで、いずれの展覧会を見に行くべきか悩む方も多いはずです。おおむね、どの美術館も、ことに、春と秋の時期には、魅力ある企画展を実施するのが通例で、美術館としては多くの入館者を期待することになります。
当館もそうしたことを念頭におきながら『月』をテーマにした企画をしました。実は「月」をテーマに据えた展覧会はこれまで、思いのほか行われていないことがわかって、思い切って開催することにしたわけです。その結果、およそ一万人の来館者を迎えることができました。館独自の企画としてはよかったのではないかと思っています。
この展覧会で忘れてはならないことは、渋谷区内の小中学生に「月」をテーマに俳句を詠んでもらったことです。千名ほどの生徒が参加してくれました。小中学生の純粋な思いが表現されており感動ものでした。その俳句は美術館内の地下一階、一階、二階の各エレベーターホールの壁面にびっしりと隙間なく貼りつめてあり、入館者の目をひときわ引くことになりました。
12、1月には『セラミックス・ジャパン―陶磁器でたどる日本のモダン』と謳った日本の近代の陶磁器の展覧会を催しました。その内容は陶磁器のデザインについて幕末から第二次世界大戦までの七十年間にわたるいわば日本とヨーロッパの影響関係を示したもので、これまでほとんど行われてこなかった点に着目した斬新な展覧会であったと思います。
2月、3月には恒例の公募展、渋谷区小中学生絵画展が地下一階の会場で行われました。二階ではサロン展が開催されました。
公募展は今年で34回目で、例年多くの方が応募して下さり、審査員によって151点のなかから84点が選ばれ、松濤美術館賞1名、優秀賞2名、奨励賞10名、そして学生優秀賞1名が選定されました。今後より多くの参加者が増えることを期待しているところです。
35回を迎えた渋谷区小中学生絵画展は小学1年生から中学3年生の190点を展示し、その中から12点が優秀作品として選出されました。一堂に会した作品群を眺めながら思うことは、これこそが純真無垢の賜物であることを実感した次第です。
平成28年度の掉尾を飾るサロン展は坂田燦氏の版画による『おくの細道』でした。かつて熊本県立美術館の副館長を務められ、ご自身画家である坂田さんはおよそ三十年かけて松尾芭蕉が歩いた東北・北陸地方を訪ね、真景ではなく自身の心情を写し出した白黒のいわゆるモノクロの版画48点を陳列しました。中国で古くから墨に五色ありという言葉がありますが、この版画にはまさにそうした感覚を抱かせるものでありました。
イベントのひとつに、著名な俳人長谷川櫂氏をお招きし、坂田燦氏と対談をして頂いたのですが、和やかな雰囲気の中で行われ、聴衆者にとっては大いに役に立った対談であったと思います。感銘を受けられた方も多かったのではないかと思います。
そうして、この時も『月』展のときと同様、渋谷区内の小中学生に「正月」を主題にした俳句を詠んでもらい、約八百点に及ぶ作品を館内の壁面一杯に飾りました。これら一つ一つを時間をかけて読んでいると、この時期の生徒たちがいかにユーモアやウィットに富んだセンスを持ちあわせているかということに驚かされました。
サロン展の時には一般の方たちにも俳句の募集を行い、多くの募集があり、俳人でもある当館の大高理事長が選者になって10名の方が特選、40名の方が秀句に選ばれました。
このように、昨年度は展覧会とは別に将来の見通しを考える上にひとつのことを実行してきました。つまり小学生に俳句を学んでもらったということです。それというのも、俳句は五七五のわずか17文字(季語を含む)で自身のいわば世界観を表現するきわめて奥の深いもので、これを契機に養っていってくれればという思いがあったからです。
平成29年度には小中学生に短歌を詠んでもらう機会をもつことにしていますし、その後には詩をつくってもらう企画も考えています。これらは今後の子供達の教養に必ずつながるものと信じていますので、実施するつもりです。
渋谷区立松濤美術館長 西岡康宏