表現者 河井寛次郎

―陶芸・木彫・家具・詞―

2004年4月6日(火)~2004年5月23日(日)

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フランスの著明な文化人アンドレ・マルローは、河井寛次郎(明治23(1890)年-昭和41(1966)年)晩年の激しい作風を見て、「ベートーヴェン」と呼んだと言う。民藝の文脈で語られることの多い寛次郎であるが、近代の陶芸家の中でも、最も自己を自由に表現した作家であった。
寛次郎は常に成長し続けた陶芸家である。卒業した東京高等工業学校と、その後勤務した陶磁器試験場で身に付けた高度なテクリックを評価された新進作家の時代、柳宗悦らと知り合って、無名の工人が作り出した日用品の簡素で力強い美しさに惹かれた民芸運動の時代。そのような研鑽の日々を経て、戦後は自らの内面からわき出てくる感動を、そのまま造形の中に表現しうる自由な境地に到達したのである。
魔術と呼ばれた釉薬の技は、得意としていた辰砂(赤)をはじめ、呉洲(青)や民芸調の海鼠、独自に造りあげた晩年の碧釉など多彩を極め、いずれも珠玉のような輝きを見せている。京都五条坂の登窯からは、ろくろの技による壺や皿はもちろん、型を用いた扁壺や硯など、思うがままの自由で大胆なかたちが生み出されたが、いずれも美しい釉薬と、筒描、貼文、打薬、練上、泥刷毛目などの多彩な技法で飾られている。晩年には用を離れた陶彫や陶板も試みている。
形への飽くなき関心は、寛次郎を木彫や家具製作など、陶芸以外の分野にも踏み込ませた。著述の中で「新しい自分がみたいのだ―仕事する」と述べるように、自らに枠をはめることなく、晩年に至っても新たな分野に挑戦し続けている。常に新しい技法に挑み、自由な造形世界をひらいた寛次郎の作行きの広さは驚異的である。晩年は書や文筆にも範囲を広げて、自己を思うがままに表現している。
寛次郎の創作活動は、そのように奔放に繰り広げられたが、いずれの作品にも、骨太な寛次郎の個性が色濃くあらわれている。寛次郎は名もない職人の質実な仕事を限りなく尊敬していたが、自身の歩みは、まぎれもなく自由な表現者に至るものであった。
この展覧会では、晩年の自由な境地を示す陶芸作品を中心に、初期や民藝期の代表作、木彫作品、デザインした家具やキセル、書などもあわせて展示して、表現者河井寛次郎の到達点を、多面的に検証しようと試みた。

展覧会情報

会期 2004年4月6日(火)~2004年5月23日(日)
入館料一般300円 小・中学生100円
※65歳以上の方及び障害者の方は無料
※毎週土曜日は小中学生無料
休館日4月12日(月)・19日(月)・26日(月)・30日(金) 5月6日(木)・10日(月)・17日(月)
主催 渋谷区立松濤美術館
協力 河井寛次郎記念館
企画協力 浅野研究所
展覧会図録

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完売