海老原喜之助

―その生涯と作品―

1990年12月11日(火)~1991年1月27日(日)

海老原喜之助は、昭和の洋画壇にあって巨匠と呼ぶにたる作家である。本展では、66年に及ぶ生涯の各時期を代表する油絵71点とデッサン・版画・絵付け陶器等22点によって画風の展開をたどり、同時に豊富な写真パネルも合わせて展示して、作品と生きざまの両面から、その魅力を探ろうとした。
海老原喜之助は明治37(1904)年、鹿児島市に生まれた。18歳で上京し、翌年にはすぐフランスに渡っている。この頃の画風は夭折の画家であった村山槐多や高間筆子の影響を受けたフォービズム的なものであった。パリでは藤田嗣治に師事し、エコール・ド・パリの新進気鋭の画家として注目を集めた。特に青と白の色調に統一され、東洋的な趣を持った雪景色の連作は、「エビハラの青」と呼ばれて高い評価を得ている。
30歳で帰国し、翌年独立美術協会の会員に迎えられるが、この独立展への始めての出作品である「曲馬」は、我が国の洋画壇に新風を吹き込むものとして大きな反響をまきおこした。この作品に見られる形態の極端なまでの単純化と、そのことによってかもしだされる詩情はこの時期の作品群に共通した特徴であり、フランスでの経験によって生み出されたものであった。
戦後、海老原は、デッサンに没頭する苦悩の数年間をすごしているが、熊本市への転居以後、次々と力作を発表し、数々の賞に輝いている。この時期、作者の眼は明らかに時代や社会の方に向けられている。マチエールや画面構成の面でも力強さが増し、海老原の画業の中でも最も充実した時期であった。晩年の作品にはまた新たな展開が観られ、夢幻性の強い浪漫主義的なものとなっている。
このように、海老原の画風は時代とともに変遷を重ねている。特に日常の中からモチーフを拾いあげて、そこに時代性を反映させた作品が多くみられるが、彼は常に前向きな姿勢
で時代に向き合い、その熱い心情を絵に表現した画家であった。その意味で、海老原は昭和の洋画壇とともに生き、それをリードする存在であったと言えるだろう。

展覧会情報

会期 1990年12月11日(火)~1991年1月27日(日)
入館料一般200円 小・中学生100円
休館日12月17日(月)・25日(火)・26日(水)・29日(土)~1月3日(木)・7日(月)・13日(日)・14日(月)・16日(水)・21日(月)
主催 渋谷区立松濤美術館
展覧会図録

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完売