多田美波

光の迷宮

1991年11月26日(火)~1992年1月26日(日)

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本展は多田美波の作品のなかから彫刻に焦点をあて、もっとも初期のブロンズ彫刻から新作の陶板による作品と、各地に設置してある野外彫刻の写真パネルをあわせて展示した。
多田美波は1950年代後半から制作を始めており、今回初出品であった最初期の具象的なブロンズ彫刻を数点制作したのち、すぐに抽象造形の世界を模索するようになる。抽象形態に移行した直後こそ構成的な作風であったのが、ただちにアルミニウムを叩き出した一種破壊された形態の不安定な作品を制作するようになり、やがて、彼女の形態を決定づけた半球のドーム状で表面が鏡状になった作品を制作する。その発想の原点は、ある空間に置かれた物体の周囲との関係である。従来の単体で独立した存在であるよりも、包まれた空間との相互の働きかけにより生まれる世界を目指している。
そこで彫刻と空間の接点となるのは視覚である。風景(光)の透過と反射という原理をもとに、作品の歪んだ表面は周囲の風景を取り込み非日常の光景を体験させる。つまり、作品の形態(表面)を媒介にして、現実の光景とそこに映し出される光景との実像と虚像の絡み合いを生じさせる。非日常の光景こそは作品のおかれた場所と周囲の環境とを共存させる仕組みであり、それが多田の環境への働きかけといってよい。
環境への働きかけと同時に重要なものは、作品に使われる材質である。ステンレス、ガラス、アクリル樹脂、アルミニウムと従来になかった素材や組み合せを試みるようになる。作品の形態感には素材の特性が強く反映しており、その特性からの発想が根底となっている。
彼女の造形思考が確立していった50年代から60年代にかけての特徴的な動向は、反芸術とよばれる作品群を生み出した読売アンデパンダン展と、環境造形に対する認識の強まりが指摘されよう。多田の制作にもその動向の影響を無視できない。つまり、彼女の発表は70年代にかけて宇部や神戸の野外彫刻展を中心として、また建築物の内部における照明デザイン・レリーフまた外壁デザインとして展開されており、わが国の経済成長を背景として、都市地域のなかに彫刻が浸透していき、さらに急増していった建築物を中心とする都市景観との結び付きとも無視できない。
そういった意味で、単純でシャープな抽象形態を重視し素材的にも無機的にも工業素材を多用していた多田の作品は戦後のモダンスタイルの究極の姿であったのかも知れない。

展覧会情報

会期 1991年11月26日(火)~1992年1月26日(日)
入館料一般200円 小・中学生100円
休館日12月2日(月)・8日(日)・9日(月)・16日(月)・24日(火)・25日(水)・29日(日)~1月3日(金)・6日(月)・12日(日)・13日(月)・16日(木)・20日(月)
主催 渋谷区立松濤美術館
展覧会図録

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価格:1,800円

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