室町時代から桃山時代にかけての美術のイメージとしてまず連想されるのは、雪舟の水墨画や枯山水の庭園などが一般的であろうか。この展覧会のテーマである宗教絵画は、いわばそれらのかげに隠れた存在であり、信仰史の資料としてはともかく、美術作品としての評価はこれまで決して高いものではなかった。しかし、この時代に制作された数多い宗教絵画のうち、絵解きなどの方法によって庶民を信仰に導く目的で描かれた作例には、それまでの仏画が示していた画一的とも言える表現を乗り越えて、自由で素朴な表現の中に庶民の純朴な信仰心を感じさせるものが見られる。
この展覧会では、参詣曼茶羅、地獄絵、お伽草子を三本の柱として構成した。参詣曼茶羅は中世後期から近世初期にかけて集中して描かれたと考えられる作品群で、多くの参詣者でにぎわう寺社の景観を大画面に描き出したもの。地獄絵は古代から描き継がれてきた画題であり、その時代の庶民の信仰の内面に深くかかわる。中世の作例には、地獄の惨状を描きつつも、地蔵などによる救済を描き加えたものが多い。お伽草子は室町時代に始まる短編物語で、さまざまな内容の物語が含まれるが、本展でとりあげた本地物などの宗教的主題のお伽草子絵作品には、庶民の素朴な信仰が示されている。
この三者は一見無関係であり、これまでこの三者を取り上げて同じ土俵に上げた展覧会は試みられてこなかったのだが、先述した素朴な様式という点でこの三者には共通する要素を認めることができ、その新しい表現様式は現代にも通ずるものである、というのが本展の主張であった。今回の限られた展示作品によってそのような主張を十分に示しえたかどうかは心もとないが、かなりの専門性の強い展観であったにもかかわらず、多くの入場者を得たことを付記しておく。
展覧会情報
会期 | 1993年9月29日(水)~1993年11月14日(日) |
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入館料 | 一般200円 小・中学生100円 |
休館日 | 10月4日(月)・12日(火)・13日(水)・18日(月)・25日(月) 11月1日(月)・4日(木)・8日(月) |
主催 渋谷区立松濤美術館 |
展覧会図録
完売