―闇を刻む詩人―

日和崎尊夫

木口木版画の世界

1995年10月10日(火)~1995年11月19日(日)

日和崎尊夫の初期から晩年までの約500点の版画作品と、あわせて版木やビュランなどの制作道具の遺品を展示した。生まれ故郷であり作家の愛した地元高知の県立美術館と共同企画で開催した日和崎の芸術の全貌を紹介する初の回顧展である。
木口版画は19世紀の西欧で隆盛し、おもに書物の挿絵として用いられた技法である。堅い木口の版画に刻むため精密で微細な表現ができるのが特色である。日本には明治中頃にやはり印刷目的で導入されたが、やがて写真製版にとって代わられ急速に衰退した。
日和崎尊夫は、戦後、衰退していたその木口版画を独学で蘇らせた。そして本来書籍や活字に従属し実用に供されていたこの技法を、個の表現として高めることに見いだしたこと
は高く評価されている。60・70年代の質的に大きく変わろうとしている美術状況の中で彼は異端の存在だったにもかかわらず、時流に逆らうかのように緊張感をはらみつつ自らの表現を究めたのである。宿命的なまでに木口版画の制作と普及に傾注した彼の影響もうけ、この技法をつかう版画家が幾人も生まれたことからも存在の大きさが窺える。
その作品は黒の画面の中にビュランで刻み込んだ微細な白描が、暗い宇宙の闇から星の光芒が差し込むように無限の増殖を繰り返すイメージを持っている。
本展では現在までの調査で判明した可能な限りの作品を紹介することをもくろんだ。美術学校卒業から版画をはじめた頃の貴重な色彩をほどこした板目木版の作品と「星のたたか
い」「鳥魚」「窓の中・鏡」など初期の木口版画、代表作を次々発表し充実していた時期の「KALPA」「海渕の薔薇」などのシリーズ、彼を本質的に育んだ詩と画の合作『星と舟の唄』『薔薇刑』『ピエロの見た夢』『卵』『緑の導火線』などの詩画集、また仲間たちとの「鑿の会」での作品や同人誌『鑿』、最後の火花をほとばしらせた晩年の「未来都市」「永却回帰」などを展示し、またカタログも全作品を網羅したレゾネの性格も持たせた。「カルパ」とは悠久の時を意味する日和崎が持ち続けた世界であり、その生涯をかけた「カルパ」の深遠なる精神世界の表現を感じていただけたと思う。

展覧会情報

会期 1995年10月10日(火)~1995年11月19日(日)
入館料一般200円 小・中学生100円
休館日10月16日(月)・23日(月)・30日(月) 11月6日(月)・7日(火)・12日(日)・13日(月)
主催 渋谷区立松濤美術館
展覧会図録

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価格:2,500円

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