
近世以前の我が国の絵画、あるいは東洋の絵画表現全般を見渡してみると、教養ある文人が自らの絵に書を加えた自画自賛のものをはじめ、詞書きをともなう絵巻物や賛と呼ばれる詩文を持つ禅画、あるいは賛が寄せ書きされた詩画軸など、文字と絵が親しい関係にある作例を多数挙げることができる。ただ、それら絵画から工芸にいたる様々な局面でみられる文字表現のそれぞれにおいて、文字と絵の関わりは一様ではない。文字を書く人と絵を描く人が同一であるか否か、あるいは文字情報の内容が和歌や源氏物語などの和の範疇に属するものか、漢詩漢文や禅の奥義といった漢に属するものかといった分類も可能であり、文字と絵の関わりについての総合的な把握には、今後様々な観点からの洗い直しが必要であろう。
本展で主に取り上げたのは、単に文字と絵が画面に併存するだけでなく、そこからさらに一歩踏み出した作例であるが、それらを文字絵と絵文字の二つに分類することで、文字と絵の係わりを議論する際の手掛かりとなるように意図した。まず文字絵は文字的要素が含まれた絵画表現を指し、(A)細かな文字の集積によって図様を描き出すものと、(B)画面の中に文字を隠し込むものの二種を大きく取り上げてみた。文字絵(A)には経文や梵字を連ねて塔や尊像を描き出した敬虔な宗教的な作例が多く、文字絵(B)は和歌から抜き出した文字を水辺の情景の中に隠し込んだ葦手絵と呼ばれる典雅な作例から、「へのへのもへじ」のような戯画的なものまで幅が広い。
一方、絵文字としては、(A)太書きの文字の輪郭の中に絵を描き込むなどして文字を飾るものと、(B)絵を表音文字のように用いて言語的な意味を伝えるものの二種を取り上げた。この絵文字(A)のような装飾文字はもちろん西洋にも多くあるが、壽の字を様々に変容させた中国の作例、素朴な味わいを持った李朝の作例、機知に富んだ浮世絵の文字遊びと並べてみると、東洋の文字表現のヴァリエーションの豊かさに驚く。絵文字(B)で主として取り上げるのは浮世絵の中の判じ物であるが、そのユーモアのセンスは現代でも通じるだろう。
展覧会情報
会期 | 1996年10月15日(火)~1996年11月24日(日) |
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入館料 | 一般200円 小・中学生100円 |
休館日 | 10月21日(月)・28日(月) 11月5日(火)・10日(日)・11日(月)・18日(月) |
主催 渋谷区立松濤美術館 |
