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松濤美術館ニューズレター <らせん階段> 第5号! 2015年夏号 no.5

過去のニューズレター | 2016.03.01

第5号

館長室の窓から <5>

渋谷区立松濤美術館長 西岡康宏

新年度を迎えはやみ月が経ち、7月となりました。前回のご報告では、2~3月にサロンミューゼで開催した「ロベール・クートラス」展の来場者数が、1万人以上と予想をはるかに超え、多くの方々に受け入れられたことをお伝えしました。当館としても大変喜ばしいことでした。

新年度最初の企画展は、「いぬ・犬・イヌ」展を4月7日より約1月半の期間にわたり開催いたしました。その内容は、犬をモチーフにした埴輪などの考古品に始まり絵画・彫刻・印籠、根付などの工芸品といった多岐の分野に亘る80点余りの作品で構成されます。日本および西洋の様々な犬種が認められますが、そこには傾向があり、日本の犬として多く作例がみられるのは「狆」でした。その一方で、洋犬の犬種は「コリー」に限定されているように見受けられました。殊にこの展覧会で注目される事柄として、渋谷にゆかりの「忠犬ハチ公」のテラコッタ像と、犬をともなった西郷隆盛の油彩肖像画が、はるばる鹿児島より運ばれ展示されたことと、昨年度開催の「ねこ」展に引き続き、本年度も、中島千波画伯および畠中光享画伯が本展のために制作した新作を、会場に展示できたことが挙げられます。
ところで、本展の入館者数が予想以上に伸びなかったことは残念に思われます。そのひとつの理由としては、現状では、美術館の中心的来館者層とみられる女性のうち、愛犬家の女性にアピールする程度が弱かったことが挙げられるでしょう。いずれにせよ、「いぬ」展と「ねこ」展という2つの展覧会を開催したことで、猫好きと犬好きとの志向の相違を認識できたことは、大いに勉強になりました。

「いぬ」展に引き続き、現在、「中国宮廷の女性たち 麗しき日々への想い‐北京藝術博物館所蔵名品展‐」を6月9日より開催しているところです。この展覧会には、明時代17世紀に建立された北京の万寿寺のなかにある藝術博物館が所蔵する約8万点の作品から選ばれた約120点が展示されています。その内容は、明清時代の宮廷女性の日常生活にまつわる絵画・書蹟・文房具・衣装などの染織品や装身具類といった工芸品で構成されています。その中で目を引くものとしては、かの西太后筆の書画や皇族子女の肖像画の大幅などが挙げられます。当時の宮廷生活を髣髴とさせる美しい品々をご覧いただけます。
この展覧会は、7月26日まで開催されますが、次の展覧会は、日本神話に登場するスサノヲノミコトをテーマにした「スサノヲの到来-いのち、いかり、いのり」展です。夏休み期間にかかる展覧会なので、ぜひともご家族でご来場くださいますよう、お待ち申し上げます。
この展覧会にあわせ、当館では初めて、小中学生を対象とする展覧会の「鑑賞の手引き」という小冊子を作成しました。この小冊子は、児童生徒たちの展示への興味を喚起することを目的として、渋谷区立の26校約7000名の小中学生全員に配布されます。これは、渋谷区において初めての試みであり、画期的なことと思っております。当館は区立美術館として地元に根ざした地域の教育に資するべく、こうした活動を今後も積極的に進めていくつもりです。

展覧会ここだけの話 <4>

「彼我の違い」
企画展担当学芸員より

もう一昔前の話である。ある新聞社と共催で台湾の美術館から作品を借用して展覧会を開催したことがある。その際、来日した美術館関係者に、会食の後に新聞社から土産物をお渡しした。新聞社の人がデザイン性豊かな目覚まし機能付きの置時計であると説明した時に、通訳とともにやってしまったと思った。日本的な感覚からすれば、何でもないことであるが、中国系の人々にとっては、置時計とか掛け時計は贈り物としては禁物だからである。中国語で時計を送るという意味の「送鐘」は、死者を送るという実の「送終」という言葉と同じ発音で中国人が忌む贈り物である。最近は見かけなくなったが、金文字で「祝開店」などと書かれた立派な柱時計などがいろいろな店にあった。中国系の人にとっては、考えられないことだと思われる。幸いにして、この時は、台湾の方たちということで、日本に対しての理解も深く、苦笑しつつもお納めいただけたのはなによりのことであった。

どうも、日本人と中国人(漢族)というのは、同じ黄色人種であり、共に漢字という文字を使って意志を伝えあっており、日本の道徳観は中国の儒教規範に由来するところが多く、宗教的には中国伝来の仏教が広く日本で広まっていることなどから、同じように考えると双方で思っている面があるのではと思われる。

ただ、実際には様々なところで大きな違いがあるといえるであろう。仏教ということでいえば、日本の僧侶は、酒も飲めば肉も食べる、更には妻帯までする。これは、中国系の仏教徒からみればありえないことで、日本の僧侶のほとんどは破戒僧と彼らは考えるしかないと思われる。

漢字を共通して使うことからしばしば「同文同種」と言われるが、例えば「手紙」が中国ではちり紙を意味するように、同じ文字を使っても彼我では意味が違うことが多くある。特に大陸中国では、簡体字が使われていることもあって、理解がより難しくもなっている。例えば、我々の仕事である「学芸員」、ここに使われる「芸」の字は、日本では「藝」の字を簡略化したものとして使われているが、中国では「藝」とはまったく関係のない字であり、「藝」の意味はさらさらない。「芸」とは香草の名である。奈良朝末期に石上宅嗣が作った日本最初の図書館の名前を「芸亭(うんてい)」というが、「芸(うん)」には紙魚を防ぐ効があることから名づけられたのである。私の場合、専門分野の関係で中国や台湾の方々との交流が多いために、名刺には「學藝員」としている。ちなみに、大陸中国では「藝術」は「艺术」と記す。他にも大陸中国では「谷」の字が「穀」の簡体字であるなど文献を読むときに戸惑うことが往々にしてある。

今回の展覧会は、主として清朝の女性の生活の焦点をあてて、服飾や書画、日用の器物などを陳列しています。それらの多くには、中国的な願望を示す文様が描かれています。こうした文様を吉祥文様と言います。例えば、蝙蝠は「蝠」と「福」の発音が共通であることから幸福を、蝶は八十歳を意味する「耋(てつ)」と発音が共通することから長寿を願うことになる。日本でいう語呂合わせに近いもので、中国語の発音を知らないと理解しがたい面がある。日本で昆布が「よろこぶ」を示すようなものだが、これは中国に人にとっては理解しがたいのと同じことである。吉祥文様はこうした発音の共通性とか、それぞれの物が持つ特性に由来するもの、故事に由来するものなど様々あるが、所詮同じ人間、願うことは幸福であり、豊かさであり、子孫の繁栄であるなど日本人も中国人も同じであり、ただ、表現方法が異なり、その背景に歴史的・文化的相違があるに過ぎないといって良いであろう。

歴史的といえば、日本と中国との外交でしばしば使われる「一衣帯水」という言葉、これは一本の細い帯のような川の流れという意味で、近い関係をさしてつかわれることが多い。中国の史書『南史』によれば、陳の皇帝が政治に無関心で民衆が苦しんでいる。敵対していた隋の文帝が、その民を救うべく兵を起こそうとした時に発した言葉で、水とは揚子江を指している。この言葉の使われた背景に思い至ると、友好を語るときにはふさわしくない言葉のように私には思えてならない。

イベント便り

松濤美術館、こんなことも!あんなことも!やってます!
教育普及チームより

①「いぬ・犬・イヌ」展関連

●4月6日(月) 開会式・内覧会
4月7日(火)より、今年度最初の展覧会「いぬ・犬・イヌ」展がはじまりました。オープン前日に開催された開会式・内覧会には多くの方にご来館いただきました。本展では愛犬の写真をお持ちいただくと入館料が2割引きになる「ポチ割」を設けており、頂戴した写真は館内に掲示しておりました。この内覧会の日、さっそく愛犬の写真をお持ちくださった方も。この日は招待日なので割引きの必要は無いのですが、愛犬家の情熱をひしと感じました。
(写真は約1000枚集まりました!会期中は、掲示した写真を楽しそうに見るお客様で賑わっておりました。お持ちくださったみなさま、ありがとうございます。)

●4月18日(土)講演会
「笑う犬、黙る犬―江戸時代「犬画」の図像学」
今橋理子氏(学習院女子大学教授)

昨年度「ねこ」展の際にもご講演いただいた今橋先生を今年度もお招きし、犬の絵画に関する興味深いお話を伺いました。講演の中で、古くから犬と竹はセットで描かれているというお話がありました。展示作品である長澤蘆雪の《一笑図》(同志社大学文化情報学研究室所蔵)も、犬と一緒に竹が描かれています。〈笑〉という漢字は、崩すと竹+犬。そこから、犬と竹は福を招くという意味が持たされたというのです。当時の人たちにとっては共通認識で、竹と犬を見ると幸せを運んできてくれるような気持ちになったのでしょう。思わず頬がゆるむほどに犬たちが愛らしく描かれている理由がわかった気がしました。

●5月17日(日)イベント
「ラッキーのわくわく腹話術」

熊本から腹話術師のラッキーさん(実は本職は医学療法士!)を招き、当館で初めての腹話術イベントを開催しました。人形の「コゥちゃん」はとてもかわいらしく、笑い声にあふれた楽しい時間となりました。イベントの最後には腹話術講座もあり、みなさん興味津々にコゥちゃんと触れ合っていました。ラッキーさんがご披露してくださった犬にまつわるパントマイムは、犬展に合わせて特別にご用意してくださったものです。

②「中国宮廷の女性たち 麗しき日々への想い-北京藝術博物館所蔵名品展-」関連

●6月4日(木)展示の舞台裏―検品
北京藝術博物館から運ばれた作品や資料は、展示の前に入念にコンディションのチェックがなされます。傷や壊れそうな部分があったら、それに合わせて展示の方法を変えなければなりません。約一カ月半の展覧会期間の中で、なるべく作品の負担にならないよう考えるのです。藝術博物館の学芸員の方も立ち会いのために来日され、実際にどのように使われていたのかといった細かな説明も伺うことができました。こちらの展示作業も興味を持って見ていただけたようで、中国語や英語も混ぜ合わせながら、終始和やかに進みました。

●6月8日(月)開会式・内覧会
当日は天気が心配されましたが、雨に降られることもなく、無事に開会式と内覧会が執り行われました。開会式では、西岡康宏当館館長の挨拶に続き、新しく就任された長谷部健渋谷区長からも祝辞を頂きました。また、中華人民共和国駐日本国大使館参事官の陳諍(チントウ)氏、中国文物交流中心副主任の周明(シュウメイ)氏、北京藝術博物館の穆朝娜(ボクチョウナ)氏もご出席くださいました。その後、担当学芸員からみどころの解説をいたしました。なかなかご覧いただく機会のないものが多いこともあってか、みなさま熱心に耳を傾けてくださり、大変嬉しいことでした。

●6月13日(土)講演会
「美と権力 西太后の残したもの」

『西太后―大清帝国最後の光芒』(中公新書、2005年)の著作者でもある加藤徹氏をお迎えし、西太后や、中国の女帝、清朝歴代の皇帝たちについてのお話を伺いました。難しくなりがちな歴史の話をユーモアも交えながらお話しいただき、大変楽しく、分かりやすいものでした。お客様には展覧会の内容にもより興味を持っていただけたのではないでしょうか。

●6月20日(土)ピアノコンサート
ベルリンを中心に世界で活躍するピアニスト川添亜希さんのピアノコンサートを開催いたしました。ベートーヴェンの「田園」やリストの「メフィスト・ワルツ」、ショパンの24の前奏曲を全曲など、約1時間半、力強い音色を奏でてくださいました。シュトッツ氏作曲の「日本への祈りをこめて―2011年3月」は、東日本大震災の後に作曲されたもので、優しく静かな音色が印象的でした。