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松濤美術館ニューズレター <らせん階段> 第6号! 2015年秋号 no.6

過去のニューズレター | 2016.03.01

第6号

館長室の窓から <6>

渋谷区立松濤美術館長 西岡康宏

昨年にも増して暑さの厳しかった夏もようやく終り、いよいよ美術の秋が到来、今年もあと2ヶ月となりました。
当館では9月21日まで、「スサノヲの到来―いのち、いかり、いのり」と題した展覧会が開催され、無事に終了し、8,500名の入館者を迎えることができました。この数字は決して満足のいくものではありませんでしたが、その内容や構成などが評価され、美術館連絡協議会の大賞を頂戴したことは今後の活動に大いなる勇気を与えてくれる嬉しい出来事でした。
そもそも、この展覧会については、その企画内容に注目し、子供達に日本神話の世界に触れるまたとない絶好の機会と判断し、開催に踏み切ったものでした。そして、この展覧会に是非とも参加してもらいたいために、特別に24頁の平易な解説をつけた小冊子を作成し、渋谷区の小中学生全員の約7,000名に配布しました。残念ながら、その効果は必ずしも思ったほどのものではありませんでしたが、あの小冊子を読んだことで、何かしら得るものがきっとあったのではないかと思っています。
そして、いま松濤美術館では、「古代エジプト美術の世界展 魔術と神秘 ガンドゥール美術財団の至宝」が10月6日からはじまっています。偶然のこととは思いますが、どうやら今年の日本はエジプト年といえるほど、エジプト美術展が矢継ぎ早に開催されています。春に東京都美術館で行われた「大英博物館展―100のモノが語る世界の歴史」では、エジプトの作品がかなりクローズアップされて紹介されていましたし、さきごろ終了した東京国立博物館での「クレオパトラとエジプトの王妃展」、さらに森アーツセンターギャラリーでは「国立カイロ博物館所蔵 黄金のファラオと大ピラミッド展」が開催されています。その中でも、当館で行われているエジプト展は、そのコンセプトが大変ユニークである点が目を引きます。それは、古代エジプトの美術を、ヒエログリフ(象形文字)・素材・色という3つのテーマに分類し、魔術をキーワードに内容を構成しているところです。一般に、エジプトの美術展といえば、すぐれた名品や大ぶりの作品を陳列して会場を賑わせているのが常といえると思いますが、今回の展示のように、その内容の意味をわかりやすく解く形でまとめた展観はきわめてめずらしいことといえます。ギャラリーにはたくさんの神や可愛らしい動物の像、浮彫彫刻や象形文字をあらわした様々な作品、ミイラの棺など多種多様の作品群がきれいに展示されており、観る者を楽しませてくれています。

監修者のロバート・スティーヴン・ビアンキ氏も、松濤美術館の雰囲気が財団の創始者であるガンドゥール氏の別荘に似ていると大絶賛!(2F展示室)

このエジプト展が終了すると、次は富本憲吉、濱田庄司、荒川豊藏などと共に近代の陶芸界の重鎮の一人、石黒宗麿を取り上げた「最初の人間国宝 石黒宗麿のすべて」展を開催することになっています。20年ぶりの回顧展ではありますが、これはいわば決定版と位置づけられるものです。陶器と書画を合わせて約160点が並びます。見どころは何といっても、近年における研究の成果が打ち出されているところでしょう。使用された印の種類によって、制作年がわかり、作品を編年順に並べることができるようになったことです。12月8日から始まりますので、ご期待ください。
ところで、松濤美術館はいま、小中学生など若年層の人たちが多く来館してくれるよう、試行錯誤を重ねて進めているところです。渋谷区の教育委員会と緊密な関係を保ちながら一層努力をしていく所存ですので、見守って頂きたく思います。

展覧会ここだけの話 <4>

「え?そんな重い像を展示するのですか?」
企画展担当学芸員より

今回のエジプト展の展示物のなかで、一番重いものはおそらく200kgはあろうかという、紅い花崗岩製の《ラメセス二世の胸像》です。壮麗なアブ・シンベル宮殿を造営した強大な力をもっていた大王の姿です。サイズとしては高さ5、60cmくらいなので、見た目にはそれほど重いとは思えませんが、でも、中までズッシリと詰まった石の塊です。そればかりではなく、ほかの石製の胸像やレリーフもやたらと重いのです。
日本ではそれほどの重さのあるものを運ぶことは滅多にないでしょう。石仏や石碑などは重いでしょうが、当館ではいままで縁がありませんでした。これまで経験したのは木製の仏像ですが、これなどは脆くて別の意味で大変ですが、重量的にみればたとえ一木造りで中が詰まっていても木製ですから重さはしれています。乾漆造りや鋳造などの中は空ですから、思ったほどでもないはずです。まさか奈良の大仏や鎌倉の大仏を運ぶという機会はありえないでしょうから、安心しておられます。最近見た動かせる程度の美術品では、興福寺の有名な国宝仏頭は銅製の鋳造で高さ1mくらいと大きさのものだったですが、どれだけの重さなのでしょうか。少し前に東博で開催された薬師寺展では国宝の日光、月光菩薩立像が並んで展示されていましたが、やはり銅製で3mは超える大きさに圧倒されました。あれは重かったことでしょう。
とはいえ、大きければ重いのは当然ですので、それなりに心構えをするものです。ところがラメセス二世像の場合は、サイズだけを見れば、無理をすれば私でも手を回して抱えられるほどのサイズです。問題は見た目以上に極端に重いことが曲者なのです。今回はこれを、観客の目線のところまで、つまり、110cmの高さの台座まで持ち上げなければなりません。とっかかりがない形ですので、持ちにくいことこの上もありません。屈強な作業員が何人必要なのでしょうか、さらには、途中で転がり落とすなどということが絶対にないように、安全には万全を期さなければなりません。
ところで、展覧会をオープンする前は、何日間かをかけて展示作業をおこないます。学芸員にとって腕の見せ所です。作品調査と出品交渉、作品搬送、カタログ制作などのややこしい作業を経て、最後の締めです。ロートルの学芸員は手書きで展示のプラン図を描きますが、昨今の学芸員はパソコンで図面を引きます。その美しい図面に惚れ惚れしますが、実際に並べなきゃ判らないよと、ロートルたちは内心悔しがっているのです。いざ当日になると、カッターやメジャーなど七つ道具を腰に下げて、展覧会準備のなかで、一番、気持ちの高揚するときと言っても過言でありません。美術品はどんな置き方をしたらよく見えるのか、どうしたら来館者に感動してもらえるかなどなど、頭の中がぐるぐる試行錯誤しながら考えるのも楽しいものです。徹夜をしなければ“した気”がしないという学芸員もいました。私はひと昔前のタイプの学芸員ですが、その気持ちもわからないでもないです。
学芸員と一緒に作業をするのは、運送会社の美術品運搬専門部署のスタッフです。作品の梱包・運搬から展示にいたるまで学芸員と一緒に美術展を作り上げてゆきます。どんな美術品でもひょいと梱包したり、面倒な難題にもかかわらず根気強く展示してくれる強い味方です。わが国で美術品運送が職種として専門的に始まったのは、それほど古くはなくて半世紀ほど前でしょうか。京都や奈良の仏像や正倉院の宝物、あるいは博物館の美術品を運送することから始まりました。ヨーロッパから搬入する美術品を見るとかなり違った梱包の仕方をしていますから、それぞれの歴史と美術品が要求するやり方あるようです。わが国の美術品は紙と木それと漆や顔料など脆い材質が満載ですから、それに適した扱い方が確立していったのでしょう。その昔、この分野では某会社の伝説的な作業員が嚆矢だったと聞かされました。たしか『美術展の黒子』という回顧談的な本を書いていたと思いますが、“鬼のなんとか”という人で部下の作業員が少しでも危ない手つきだと、金槌が飛んできたなんていう伝説がありました。本当かどうか知りませんが、むしろその方が危なそうです。

展示中の≪ホルエムアケトの人型の棺≫

閑話休題。エジプト展の展示日数は、諸般の事情から2日間に限られていました。オープニングの日が決まっていますから、それこそ徹夜してでもこの日数で仕上げなければなりません。さらに展示作業の前にも、当館ならではの特殊な事情をクリアーする必要があります。というのも、当館には通常の美術館には存在する作品専用の搬入口がありませんので、来館者が通る表玄関からの動線を通って運んでこなければなりません。休日に作業をするので来館者とかち合うことはありませんが、人間仕様になっている戸口、エレベーターは大きな作品を運ぶにはいかにも狭いのです。
展示品のなかでもっとも大きい《ホルエムアケトの人型の棺》は、レバノン杉から丸彫りされたもので、2mは越えるサイズです。もちろん段取り上手な学芸員のことですから、事前に戸口やエレベーターの内サイズは測っていて大丈夫なことは確認していますが、こうしたことはやってみないことにはわからないものです。ちょっと怖いです。実際には木箱から出してさらに梱包材を解いて丸裸にしてやっとエレベーターに積み込みました。木製でくり抜いたものですから、重量的にはそれほどでもありません。写真のなかの青いユニフォームを着ている人たちが運搬専門スタッフで、右端に写っている黒いジャケット姿の白髪の人物(長いあご髭を生やしていました)が、本展の監修者ロバート・ビアンキ博士です。ボブと呼ばれていました。70歳を超えていましたが精力的な方で、2日間の展示に朝から夜まで全作品のチェックをし、細い指揮を出していました。
最初にこの大物を所定の場所に設置して、さあ次に、あの難物です。さすがに美術品運送のスタッフは専門家です。なんと手動のリフトを用意してあったのです。もう1枚の写真を見て、作業の様子がわかるでしょうか。フォークリフトのフォークの部分が平らな台座になっているようなもので、手でハンドルを回すと台座を上下に動かすことができるという代物です。これで持ち上げれば200Kgでも軽々と持ち上がりますし、手動ですので予期せぬ力が加わることが防げます。こんな機械があるなんていままで知りませんでした。写真の右端に写っている少し若い彼は、スイスから来日したジャック・ベッソンというレジストラー(作品管理者)です。微妙に俳優のような名前で、ジャックと呼ばれていました。
ということで、設置作業は緊張したものの、専門家集団によってあの重い石像はあっという間に展示台の上に収まりました。

イベント便り

松濤美術館、こんなことも!あんなことも!やってます!
教育普及チームより

都内でも少しずつ紅葉が始まりましたが、皆様いかがお過ごしでしょうか?
教育普及チームの夏は毎年イベント盛り沢山。あっという間に夏が終わり、もう冬の足音が聞こえてきましたが、松濤美術館ではこんなことがありました。

①夏の美術教室 木工教室 8月11日(火)、12日(水)
毎年夏に渋谷区の小学生対象に美術教室を開催しています。今年も人気の木工教室で、彫刻家の山崎隆先生、山崎香文子先生に2日間お世話になりました。今年の作品は「高速まわしコマ」。コマを回すのが得意じゃない子もこれさえあれば、上手にコマ回しが楽しめる優れもの。初めてのこぎりを使う子も2日間頑張って素敵な作品ができました。

②「親子美術館見学会&わーくしょっぷ」8月19日(水)、20日(木)
開催中の「スサノヲの到来」展を担当学芸員と一緒に見学。当館オリジナルの「スサノヲの到来」展小中学生用のガイドブックを片手にとても熱心に見学していました。 少し子供たちには難しいかな?と思える内容なのに、中には、夏休み前に学校でこのガイドブックが配布され、予習してきた強者もいて、担当者もびっくりでした。

第二部のわーくしょっぷは紙粘土で、はにわ&土偶作りに挑戦!最初は戸惑っていた子供たちでしたが、指を動かすうちにどんどん制作意欲が高まり、パーツの付け方を独自に開発したり、一人で何個も作ったり、個性的な作品の数々が出来上がりました。

③「古代エジプト美術の世界展」講演会10月17日(土)午後2時~3時30分
早稲田大学高等研究所・准教授 河合望先生をお迎えして、「古代エジプトの来世観と埋葬習慣」と題して、講演会を開催しました。古代エジプト人の死生観やミイラの制作方法、埋葬方法など、先生がエジプトに行かれた時の写真などたくさんの資料と共にとてもわかりやすく解説していただき、満員の参加者の皆さんが熱心にメモを取られているのが印象的でした。

≪絶賛開催中!「古代エジプト美術の世界展」おまけ≫
渋谷駅周辺はハロウィン騒動で話題でしたが、松濤美術館でもちょっとしたコスプレを楽しめるのをご存じでしょうか?現在開催中の「古代エジプト美術の世界展」では、来館者の方にエジプト気分を味わっていただこうと1階エレベーターホールで、ファラオの衣装をご用意。ライトや背景も準備してありますので、館内での記念撮影もOKです。
11月23日(月・祝)までの限定です!ご来館の記念に是非挑戦してみてください。(モデルは美術館職員です。似合いすぎ?怪しすぎ?)